コーヒーについて〜アラビカ種〜         パプア初のハニープロセス

コスタリカでコーヒー革命が起きてます。一般的な収穫後のプロセスには果肉を洗い流し乾燥させる(ウォッシュド)と、果肉を付けたまま乾燥させる(アンウォッシュ)があります。そしてコスタリカで起きた革命、新しいプロセス方法のハニープロセスはパルピング(果皮果肉を剝く作業)後、果汁を絞り洗い流さず乾燥させます。果肉についている果糖が生豆にしみ込みコーヒーに独特の甘さ(ハニー)を感じる所から名付けられました。私は剪定や栽培については得意ですが、ののプロセスについては日本スペシャリティー協会コンペで優勝経験ある同郷の名人へメールでやり取りし手解き頂きました。妻と農家代表が何度も打合せ後、奇跡的に2年間で完成させました。パプアニューギニアコーヒーのポテンシャルを最大限引き出したハニーコーヒー。神田FARMERS CAFE TOKYOで提供してますので是非一度お試し下さい。

コーヒーについて〜リベリカ種

2011年にマレーシアで会社を起した時、リベリカ種コーヒーを扱ってました。原種リベリカは写真の様にバラバラで揃っていませんが、今では品種改良されたエクセルサなどはかなり粒も揃ってます。NYコーヒー取引所ではアラビア種、ロブスタ種を取扱いますが、このリベリカだけは扱いません。形や色が不揃いで高木になり収穫が困難、選定しすぎると収量が減る。生産者や業者も嫌うリベリカ。それが「世界で1%も流通しない幻のコーヒー」と云われる所以です。特に東南アジア地域(マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム)で栽培されてますがシェードツリーに使われたり、台木にされたり、一般の消費者が出会う機会はまずありません。ココ数年変化がありフィリピンのキリスト教会が中心になり生産を増やしています。フィリピンでは「Barako」(英語で強い、Strong)と呼ばれ好まれスーパーで色々な製品となり売られています。ラテンの血を引く人が多いのかエスプレソが合うコーヒーなのか?パンチが効いたストロングなバラコ。機会があれば是非試して下さい。

有機栽培のジャガイモ

有機栽培など堆肥を使ってジャガイモ栽培している方のイモにこの様な症状が良く見られますし相談も多いです。「そうか病」と云われる症状で味に影響はありませんが(味は良いと云う意見もある)見た目がよくありません。未熟な堆肥やpHが高い場合(pH6以上になると発生し易い)この様な表皮のジャガイモになる事があります。農業に大切な「土作り」は何年も前から準備しその時々の作物に合わせた状態にする事が大事です。オーガニックでも見た目も良く作れる技術。それは長年の経験により養われます。

ロブスタ種 Part2

コーヒーの焙煎はネットで座学、マレーシアで実技で学びました。実技的な事は海外の(特に田舎)が優れてます。なぜなら何も無い所では全て自分で工夫し考え何でも作らなければならないからです。日本にコーヒー産地は無いので私はマレーシアで焙煎と焙煎機の製造と工作、コーヒー栽培や選定を学びました。自転車の部品などが丁度良くそして雑品に溢れてますから。当時はデカイドラム缶の焙煎機で大量に焙煎し販売してました。販売価格は1KG150円程ですからそれ程文句も無く市場でそこそこ売れてました。またロブは生豆も安く焙煎修業には最適でした。東南アジアで国民に飲まれてる殆どのコーヒーはこのロブスタ種で、マレーシアやインドネシア、フォリピン、ベトナムなどロブスタのコーヒーでも高価だから、麦やトウモロコシや砂糖、マーガリンを混ぜて焙煎するコーヒーが普通(慣れるとそれが旨い)100%コーヒー豆は高級品です。誰も飲みませんし好みません。日本のそれと違うコンデンスミルクが入った甘いコーヒーが大好きなんです。そんな訳で冬の農閑期は数年マレーシアで焙煎、研究、焙煎、研究の繰り返しロブスタから学びました。

食と農に関するお悩み相談

パプアニューギニアから帰国しFARMERS CAFE TOKYO 神田店をオープンし1年が経ちました。内外装工事から焙煎、メニュー、スイーツ開発とあっという間の1年でした。今ではカフェも安定し、一緒に働くメンバーも増え、今後は少しずつ本業(農)に関われる時間が出来ました。FARMERS CAFE TOKYOをベースに皆さんの食と農に関する相談を30年の国内外の経験からお応え出来れば、お役に立てれば幸いです。

コーヒーについて〜ロブスタ編(カネフォラ種)

小学校の頃(40年以上前の話)お年玉でノリタケのサイフォンを買ってドリップを楽しむ変な小学生でした。「旨いコーヒーの味」がどうしても知りたくてコーヒー豆を買ってはアルコールランプの火遊び兼ねドリップしてました。ボコボコとお湯が上がり、コーヒーの粉と混ざり合いを見たり、良い匂いを嗅いだり、当時はレコードを聞きながらだったり漫画読みながら、周りに馳走したり楽しんでいました。その後成人し農家を継いだので、まさか今、東京でコーヒー屋を経営する(妻がオーナー)なんてその頃夢にも思いません。なぜ農家の私がコーヒーに関係していったのだろ?と、不思議に思う方々が多いので、そして自分史的にもコーヒーについて書き記していこうと思います。まずは最初のキッカケとなった「ロブスタ種」についてです。それは 23歳で農家を継いで10年くらい経った頃でした。北海道の農業は半年冬でお休みなので地元の農家達は皆、除雪車やタクシーなど運転系の仕事をしてました。自分も冬はタクシー運転手でした。借金で離農する農家も多い時代で「冬でも頑張って働いて経営の足しにしなければ成らない」雰囲気で本当に暗いトンネルの中にいる様な状態でした。そんな中従兄弟が30代半ばで死んでしまいます。彼の分も「思いっきり生きてやろう」と、「一生は一回きり、長い農閑期は世界を見よう」っと、農業ボランティアをボルネオのコーヒー農園と2000年から関わる事になりました。その農園のコーヒー品種がロブスタ種でした。ロブスタは日本で飲むアラビカのそれとは何かが違います。コーヒ好きな人に飲んでもらった時「お茶で云うならほうじ茶」と云われた事があります。地元の有名なコーヒー経営者に試飲して頂いて始めてロブスタ種は日本のレギュラーコーヒーと違う、ブレンドやアイスコーヒーで飲む、インスタントコーヒーの原料にするのだと知りました。それからコーヒーについて勉強を始めました。再びコーヒーにハマった19年前の事でした。

パプアニューギニアの農業

2015年〜2017年の2年間私達が住んでいたパプアニューギニアには、世界最古の農業遺跡があります。クックの初期農業遺跡(クックのしょきのうぎょういせき)は、パプアニューギニア南部にある7000年以上前にまで遡る農業の遺跡です。パプアの人々はつい最近まで農業のスタイルは変えずにタロ、ヤム、バナナを主食とした生活をしていました。遺跡からもその食生活と農耕文化が解る出土品などが証明しています。タロ、ヤム、バナナなど割と日持ちがする食べ物でしたが、もっと保存性の良い米が主食と代わり今パプアニューギニアの食生活も変化しています。パプアニューギニアでも米栽培を度々試みますが、水田を作るにも経験がある人が居なく、手っ取り早い陸稲(おかぼ)から栽培を進めてます。陸稲は水稲と違い連作(機会があれば詳しく説明しますが続けて同じ場所に同じ作物を育てられない)が出来ませんから、未だに国民が食べられる程生産は伸びません。又水稲栽培は田んぼに水を張るので水平に耕す事や水を保つ畦(あぜ)が必要です。手作業で新たに田んぼ1枚を作る事は大変な仕事なんです。木の実や魚など狩猟採集と、タロ、ヤム、バナナ栽培の食文化から稲作文化へと今まさにパプアニューギニアは変貌しようとしています。しかし国民は皆米を食べたいのですが、常夏の日中の田んぼ作りはとても大変で誰もやりたくないです。暑い日中誰がそんな仕事を好んでするでしょうか? 国は現在ほぼ100%の輸入米を減らし2050年までに純国産米100%へ、食の安全保障の観点から国は国策で進めようと目標を掲げました。稲作文化の国々は長い時間を掛けて手作業で田んぼを作って来ました。パプアニューギニアでは機械で田んぼを作る稲作文化からそれが始まります。

パプアニューギニア人も白いご飯とおかずが大好きです。特にアジアでは有名な’’マギーヌードル’’とサバの缶詰などを煮込んで、カレーのルウ状のモノを白いご飯に掛けて食べるのが大好きです。JICAの隊員達はそれを「マギー丼」と呼んでました。マギー丼は御呼ばれした時に振舞われるパプアニューギニアの御馳走です。青梅のカフェレストラン「ニウギニ」では唯一日本でパプア料理「マギー丼」が食べられます。その他のパプア料理も(予約制)興味がある方は是非。                「ニウギニ」http://www.t-net.ne.jp/paradise/